Thoughts and Healing

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津村記久子「水車小屋のネネ」≪読書感想≫困難の中で緩やかにつながり日々の生活を繰り返し重ねてただ生きていくことの尊さ、静かな力強さを感じる物語

1981年から2021年までの四十年にわたる、理佐と律の姉妹を中心とした人々の物語。姉妹とその周りの人々の40年の人生を読むことで、日々の生活を繰り返し重ねてただ生きていくことの尊さを感じる物語だった。

タイトルの「ネネ」は水車小屋にいるヨウムの名前。ヨウムとは、5歳児程度の知能を持つと言われる学習能力の高い、50年以上生きることもあるほど長寿の、アフリカ原産の大型のインコで、この物語の中でもそのお喋りのかわいさと面白さ、そして賢さがいい味を出している。かつ、長生きのネネを何人もの人々が入れ替わりながら世話をしていく、その連綿と続く血縁など関係のない繋がりの象徴のようでもある存在。四十年の間、常にネネはそこにいて姉妹をはじめとする人々の人生を見守っているかのよう。

18歳と8歳の姉妹が、子供より恋人に夢中の母親の元から逃げ出して自立して生きようとした先で出会う人々はみなとても優しく、その人々に助けられながら、ネネとともに成長する姉妹もまた優しく育つ。その優しさも押しつけがましくなく、自然で温かい親切であり気遣いで、知らない人たちが出会って繋がってゆく関係性も無理がなく、もちろんそうしたことが現実的ではないと言ってしまえばその通りで、まるで優しいファンタジーの世界だと思う。

けれどそもそも水車小屋やネネの存在もまるでファンタジーのようで、だから作者はわかっていてそう書いているのではないだろうかとも思う。静かで優しく穏やかで親切で自然な関係性がファンタジーにしか思えない今の社会だからこそ、あり得ないほどの優しい世界を描いたのではないか?それでいて、きちんとリアリティを持って存在する人間に思えるように、その生活や人々の描写がしっかりと丁寧に描かれているから、実在する人物たちのように感情移入することができる。

育児放棄、大震災、パンデミック、外国人労働者問題、同性愛、貧困など、現代の社会問題が描かれながら、それらのこと一つ一つに対して感情的に大袈裟な物語を描かないことで、全てを受け入れて生きるような懐の大きさを感じて、こんなにもたくさんの困難や不安がある中でも、すべて世はこともなく、とでも言うように、この与えられた状況でできることをして生きている。その静かに生きていくことの力強さに感動してしまう。

親に恵まれなくても、お金に余裕がなくても、震災やパンデミックが起きても、マイノリティであっても、結婚や子供とは無縁の人生であっても、天才的な才能がなくても、ただ周囲の人に押しつけがましくない親切をしながら、血縁とは関係なく緩く繋がって生きていくことの人生の深い豊かさを感じる。

あらゆる困難があふれるこの世界で生きている人たちが、できる範囲で自分の生活を冷静に丁寧に続けていくことが描かれていて、辛いことやどうにもならないことを感情的に嘆いたり、ドラマチックな展開で闘って解決したり、大きな成功をして見返したりしない。生きていれば当たり前に起こり、人生を通り過ぎていくこととして、淡々と受け止めさらりと描く。

映える生活や派手なイベントや大立ち回りや大恋愛や仕事での大成功や立派な名誉がなくても存在する人生の豊かさが描かれていたように思う。

ただ、人々が現状の恵まれなさを我慢して受け入れて助け合って何とか生きてしまうことで、政治家たちがつけあがって好き放題してるんじゃないのかしら、なんて現実的なことも思ってしまった。

たくましくやさしく心地よい物語でした。

ずいぶんと時間があいてしまったのですが何事もなかったかのように読書感想など投稿してみる。書きたいことはたくさんあるのですが、時間もなければ頭もまとまらないです。いつの間にか11月も終わる・・・

 

水車小屋のネネ

水車小屋のネネ

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