Thoughts and Healing

心を整えるために 頭の中のこと 日々想うこと

読書の行方~もう7月だけど5月に読了した本😅やっぱり川上未映子のヘヴンはすごい 正解のない世界でどう生きるかを問いかけ、突きつけてくる。現実の容赦のなさと救いのなさの中で、どう生きることを選ぶのか

わあ もう7月だった・・・ええっと5月に読了した本の記録を書けていませんでした😅全然読めなくなってきてるんですけども・・・いまさらですが5月に読了した本はこちらです。

🐾個人的な読み&解釈です 内容に触れています🐾

不便なコンビニ

Kindle Unlimitedにて。韓国のキム・ホヨンさんの作品。章ごとに語り手が変わる連作短編。とても面白かったんですけど、最後の章でずっとみんなに語られていた中心人物である謎のホームレス自身が語り手となったとたんに(個人的には)つまらなくなってしまいました。彼の過去などを説明的に語りすぎてるのもあるし、その過去もちょっと・・・そこまでが面白かったので個人的にはとても残念でした。でもこの本はとても人気で売れていて続編も出版されていますし、ドラマ化も決定されているとのことですので、あくまでも個人的な感想と思ってください😅

インタビュー記事もありました!

shosetsu-maru.com

一度読んだら絶対に忘れない英文法の教科書

Kindle Unlimitedにて 非常に珍しいことにこんなのも読んでみた😆英文法は苦手で読んだり聞いたり書いたり話したりの中で文法も感覚で覚えて適当に使うタイプなのだけど(失敗もするからこのやり方がいいですよとは言えない)でも文法も論理的にわかるところはわかったらやっぱり嬉しいと思って読んでみた。ラテン語とか古い英語とかから変わってゆく中で文法も作られていってるのがわかって「ただこういうものだから覚えて」って言われるよりずっと面白かったし覚えやすかったです。これで英語が使えるようになるのかは私にはわからないけれども、細かいニュアンスを汲むのには役立つし、英語の歴史というか、なぜそうなっているのかの背景がわかってすっきりしたし、興味深かったです。言語って変わってゆく生き物だなと思ったし、英語が広く世界で使われているのはあちこち侵略して植民地化したせいだけではなく広まりやすい言語なんだなと思いました。ただ一度読んだら絶対に忘れないというのは私には無理かな😅

ヘヴン

再読【初読は「群像」(2009年8月号)】 初めに川上未映子さんを「うわ、すごいわ」と思ったのはこの作品で、そこから色々読んでます。乳と卵は先に読んでたのかもしれないけど、これを読んでから読み直した記憶があります。このヘヴンについては別でちゃんと書かなきゃいけない作品だと思ってます(って言ってる本が何冊あることか・・・)

いじめの話ではあるけれど単にイジメは駄目だよね、酷いよね、っていうことを伝える物語ではなく、最後にはいじめられてる側がむくわれてすっきりするというような話でも全くなく、その状況の中で斜視があっていじめられてる語り手の僕、同じくいじめられているクラスメイトの女子コジマ、いじめの影の中心人物である百瀬というそれぞれの立場と考えをもつ3人の対話を通して、ニーチェの「奴隷道徳」と「主人道徳」などの哲学を下敷きに(ニーチェの話が出てくるわけではないですが)、善悪とは?正しさとは?強さとは?弱さとは?ということを考えさせる話になっています。物語としての完成度も高く面白いので直接的に哲学を感じるのは(私にとっては)百瀬と僕との会話のところくらいで、それ以外のところは物語に没入して、共感したりできなかったりしながら自然と考えさせられました。そして終わり方がすごくて。コジマの選ぶ道と僕の選ぶ道が、とても苦しくて辛くて、きれいごとでもなく白黒もつかない現実を突きつけてきて、考えさせられます。ただ苦しいんじゃなくて、何といえばいいんだろう。理不尽の中で、それでもこうしかできないという生き様の美しさでもあり悲しさでもあり虚しさでもあり。いじめっ子が正義で裁かれ痛い目にあっていじめられてた子が理解され救われるとかそんな単純な話ではまったくなくて、だけどそういう話よりずっとずっと考えさせられる。ほんとにさすがだなあと思いました。ああ、やっぱりこれはちゃんと読み込んでしっかり考えて書かなくちゃ駄目なやつです。

この作品は川上さんの初期の作品の特徴でもある大阪弁の内面がだだ漏れるようなリズムを保った詩的な語りが封印されていて、それが物足りないと思う人もいるかもしれないけれど、この作品にはこの文体でしか書けないものがあったと思います。

僕とコジマの会話から抜粋。すごく長いけど自分のために必死で書き写しました。

「あいつらに囲まれてる君を見ながら、わたしにはまったく違うものが見えたような気がしたの」とコジマはゆっくりと話しはじめた。

「わたしは君が正しいと思う」とコジマは言った。

「ねえ、君もわたしも、あいつらと同じ年齢でおなじような体格なんだから、本当にその気になればあいつらにたいしてあいつらとおなじような手をつかって抵抗することも復習することもできるはずなのに、なんでわたしたちはそれをしないんだと思う?」

「僕が、弱いからだと思う」

僕はしばらくして口をひらいた。するとコジマはすぐにそれは違うと否定した。

「君もわたしも、弱いからされるままになってるんじゃないんだよ。あいつらの言いなりになってただ従ってるわけじゃないの。最初はそうだったかもしれないけれど。わたしたちはただ従ってるだけじゃないんだよ。受け入れてるのよ。自分たちの目のまえでいったいなにが起こってるのか、それをきちんと理解して、わたしたちはそれを受け入れてるんだよ。強いか弱いかで言ったら、それはむしろ強さがないとできないことなんだよ」

「受け入れてる?」と僕はコジマの言葉を繰りかえした。

「そうよ。それは見た目にはただやられっぱしなだけに見えるかもしれないけれど、わたしたちは、ちゃんと意味のあることをしているのよ」とコジマは言った。

僕は黙ったままコジマの話したことについて考えていた。

「わたしたちは、君の言うとおり、・・・弱いのかもしれない。でも弱いからってそれは悪いことじゃないもの。わたしたちは弱いかもしれないけれど、でもこの弱さはとても意味のある弱さだもの。弱いかもしれないけれど、わたしたちはちゃんと知っているもの。なにが大切でなにがだめなことなのか。わたしたちの二の舞になるのがいやだってことだけで見え見ないふりをしたり、あいつらの機嫌とったり笑ったりしてるクラスのみんなだって、自分の手だけは汚れていないって思いこんでるかもしれないけれど、彼女たちはなんにもわかってないのよ。彼女たちはわたしたちを痛めつけてるあいつらとまったくおなじなのよ。あのクラスのなかで、あいつらに本当の意味でかかわっていないのは、君とわたしだけなんだよ。君はさっき、・・・ううん、さっきじゃなくても、これまでだってずっと、蹴られても、なにをされてもそれを受け入れてる、そんな君を見てて、色々なことのかたいむすびめが解けたような、そんな気がしたの。君のその方法だけが、いまの状況のなかでゆいいつの正しい、正しい方法だと思うの」

「・・・僕は、どんな方法でなにをしてるんだろう」

 僕はうすっぺらい紙でできた文字を目のまえの空間にひとつひとつ貼りつけていくようにして、ゆっくりと声をだした。

「君のしてることは正しいって言ってるのよ」と言いながら、コジマは泣き出していた。

「君は正しいって、わたし言ってるのよ」

「泣かないでよ」と僕はコジマの顔を見て言った。顔をおおった手のすきまから見えるコジマの口はゆがんでひらき、そこから小さく歯が見えた。手のひらで押さえたほおは紅潮していた。僕は夏のはじめに美術館のベンチでコジマがはじめて泣いたときのことを思いだした。コジマはベンチに座ってぴくりとも動かないで声もださずに泣いたのだった。そしてあのときもなにか言ってあげたかったのに、言うべきだったのに、そんなふうに泣いてるコジマにたいしてけっきょく僕はなにも言ってやることができず、そしていまもなにも言えないままだった。

「コジマ、泣かないで」と僕は小さな声で言った。

「泣いてるんじゃないの」とコジマはぱっと顔をあげて、両手の甲で目をごしごしとこすりながら言った。

「泣いてるんだけど、これは悲しいってだけじゃないの」と鼻をすすりながら僕の顔を見て、それから口もとで笑って見せた。

「これはね、正しさの証拠なの。悲しいんじゃないの」

僕は肯いた。コジマは深呼吸をして顔をあげて、それからもういちど深く息を吐いた。

「・・・さっき、わたしが、君のことを正しいって言ったことを、信じてくれる?わたしが本当に、心の底から君のことをそう思ってるんだってことを、信じてくれる?」

「信じるよ」と僕は小さく肯いた。

「みんなはね、君の目がこわいのよ」

コジマは小さな、でもよく通るしっかりとした声で僕にむかって言った。

「君の目のことを、気持悪いとかそういうふうに言ってるけど、そんなの嘘よ。こわくてこわくてしかたがないのよ。それは見た目がこわいとかそういうことじゃなくて、自分たちに理解できないものがあることがこわいのよ。あいつらは、一人じゃなにもできないただのにせものの集まりだから、自分たちと違う種類のものがあるとそれがこわくて、それで叩きつぶそうとするのよ。追いだそうとするんだよ。本当はこわくてしかたがないくせに、ごまかしつづけてるんだよ。自分たちが安心したいがためだけに、そういうことするのよ。それでそういうことを長くやってると、麻痺してくるの。それでも最初に感じた恐怖心からは逃げられないで、それでおなじことをつづけるのよ。来る日も来る日も。君も、わたしも、あいつらからいくら苛められても先生や親に言うわけでもないし、なにをされても学校に来るし、だからあいつらはそれがますますこわいのよ。きっと学校で泣きわめくかもう止めてくださいとか言ってひれ伏しでもしたら、もしかするとあいつらは簡単に苛めるのを止めるかもしれない。でもわたしたちはただ従ってるだけじゃないの。ここにはちゃんと意志があるんだもの。受け入れてるの。選んでいるっていってもいいよ。選んでいるって言ってもいいよ。だからなおさらそんなわたしたちを放って置くことができないのよ。不安なのよ。恐ろしくて恐ろしくてたまらないのよ」

 そう言ってしまうとコジマは指のさきで唇を何度かなぞった。それから眼球のかたちをたしかめるみたいにして右目のうえをそっと押さえた。光の加減でコジマの顔にうっすらとした涙の跡がうかびあがるのが見えた。コジマは僕の顔を見てほほえんで言った。

「あの子たちにも、いつかわかるときが来る」

 暗い土の上に足をつけて立っていると、足もとから目に見えて空気が冷えてくるような気がした。空はいつのまにかところどころが真っ黒になったぶあつい雲におおわれていて、遠くのほうでうっすらと雷の音がした。いまがいったい何時なのか、僕には見当もつかなかった。鼻で息をすると血のかたまりがあたって痛かったけれど、色んなものが少しずつまじったにおいがずっとしていた。それが僕の吐く息ともまじって漂い、しばらくするとどこかへ消えていった。そこにあったひとつひとつのにおいを説明することはできなかったけれど、どれも僕がよく知っているにおいのような、そんな気がした。

「わたしは君の目がすき」とコジマは言った。

「まえにも言ったけど、大事なしるしだもの。その目は、君そのものなんだよ」とコジマは言った。

そしてまだうっすらと涙のたまる目をほそめてにっこりと笑って僕を見た。

「君の目がすきだよ」

 

小説なんだからコジマが救われる物語にもすることはできるだろうけれど、それはこの小説で書こうとしたことではないのだと思う。現実では救われない話を、フィクションで救うことで心を癒やす物語も世の中にはたくさん溢れているしそれもまた必要だけれど、川上未映子さんが書きたいのはそういうことではなくて、奴隷道徳の代弁者としてのコジマ、主人道徳の代弁者としての百瀬、その間で揺れる僕、を描きだし、正解のない世界でどう生きるかを問いかけ、突きつけてくる。現実の容赦のなさと救いのなさの中で、どう生きることを選ぶのか。それは辛い問いで難しい問いで、だからお腹の奥にずんとくるような重たい石みたいなものを抱えさせられたような気にもなる。だけど、こういう視点で、いじめ(はここでの設定だったけれど世の中のあらゆる場所にあるであろうそんなどうにもならない理不尽な状況)について考えることは、この小説を読まなければできなかったとも思う。少なくとも私は。そういう意味で、やっぱり川上未映子はすごいな、と思うのです。

 

 

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